北海道釧路市を拠点に活動する、カヌー・カヤックのパドリングクラブです。北海道カナディアンスラローム選手権大会(通称カナスラ)や釧路川100kmカヌーマラソンを主管しています。
2007年05月

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2007年05月07日

■好きなことやるのが一番だぁ
6日、源流に出かける。
天気最高。暑いくらい。

美留和に着いたが、誰もいない。川くだりの業者さんの車すらない。
GW最終日の日曜、このいい天気に誰もいない。

休みのたびに、みんなして練習に通っていたのは、何年前だっただろう。真冬も毎週みんな集まり、ゲートなんぞ張ろうものなら、順番待ちの列ができていた。
N村さん、O田さん、H口さん、U谷さん
K元さん、S藤さん、S庭さん、ほとんど年中無休の皆勤賞だったなあ。
それが今では、ほんとうに誰もいない美留和。

そんなことを考えながら、ゲートがないのでぐるぐる8の字を描いたり、下流の直線を往復したり。
単調すぎて、1時間もしないうちに飽きちゃった。

もう帰ろうかなとも思ったが、源流往復にしよう。
舟を車に放り込んで、コタンまで行ってみる。

ポトンと舟を浮かべて眺湖橋をくぐる。この橋も何百回くぐったことか。
川に入ると

き、気持ちいいいぃぃぃぃーーー!
最高の天気!
さわやかな5月の風!
スラ艇をサクサク漕ぐ疾走感!
すばらしい!


美登里橋まで下って、漕ぎ上る。水量かなり多目で、漕ぎ上りが楽。
途中、阿寒ネイチャーセンターの髪の長い人が営業ラフトで下ってくるのとすれ違う。
「気持ちいいですねー」

いやー、いいわ。

漕ぎ上れる舟を持っていること。漕ぎ上りを苦にしない漕力があること。
これだけで、車の回送を気にすることなく、ちょっと1時間ばかり自転車で走り回るくらいの気持ちで、天気のいい日に気軽に川に出ることができる。

もう、今日のこのひと漕ぎだけで、「今までやってきてよかったなあ」と思えた。
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2007年05月06日

■釧路川100kmカヌーマラソン・私的記録(後編)
次の交代ポイント二本松まで移動。二本松とは言っても橋のところではなく、そこからもっと上流の「コッタロ」という案内板が立っているところだ。私のローテーションはそこからゴールまで。

車で走行中、眠い。かなり消耗している。ぼーっとするほど眠い。
コッタロ到着。腹ごしらえ。たぶん待ち時間がかなりあるだろうが、ここで仮眠してしまうと体が冷えてロクなことがない。うろうろと外で体を動かしながら待つ。

例年なら速いチームは12時過ぎにはここを通過する。ところが今回は、1時になろうとしているのに誰も下ってこない。上流の直線区間でよほど風に苦しめられているのだろう。ほかにも何チームかの交代選手が待機しているが、心配そうだ。

1時になってもまだトップ艇の姿すらない。陽子ちゃんが携帯で本部に連絡し、強風でかなり遅れている旨を伝えるが、本部判断は「予定通り続行」。細岡で打ち切りという淡い期待は消えた。覚悟を決めて、ゴールまで漕ぐさ!

トップ艇がようやくコッタロを通過したのが1時5分ころ。19番「どんころHolic」だ。それから10分以上遅れて2位3位艇が通過。つまりトップ艇が独走態勢。ここから二本松橋チェックポイントまで、まだ10分以上かかる。二本松橋足切り時間が午後2時で、それを過ぎるとタイムアウトで失格になる。つまり、コッタロを1時50分までには通過したい。19番発艇からトップまでごぼう抜きしたチームがこの時間なのだから、残りほとんどのチームは二本松2時に間に合わないのではないか。

(あとで聞いたところによると、参加19艇中9艇が時間切れ失格だったそうだ)

【二本松~細岡】
そんな心配をしているうちに、我がチーム到着。着順で6位だか7位だか、思ったよりずっといいペースだ。スターンのHさんが降り、Nさんがスターンに移る。そして私が乗って再出艇。こっからゴールまではもう全力漕ぎだ!

交代なしの2人漕ぎで出場した並木・橋本チームがここで完全にバッテリー切れ。へばっているところを抜き去る。彼らの顔を見て私は堅く心に決めた。この先なにかの事情で「3人目が見つからないんだけど、2人で出る?」と誘われても、きっぱり断ろうと!

我がチームの50mほど前を行くのが17番どんころの五島艇「南富良野ロケッツ」。ルーマだ。どうやらバウのシートが破損したらしく、漕ぎにパワーがない。うちが16番、むこうが17番。つまり同着で並ぶと発艇差の2分負けていることになる。うちが追い抜いて、しかも2分以上の差をつけられれば順位がひとつ上がる。しかし次の交代ポイント細岡で五島さんが降りて超パワフルなセバスチャン選手が乗れば万事休す。セバスチャンの追い上げをかわすことを考えると、4~5分の差をつけなければならない。できるか!? 無理か!?

漕ぐ漕ぐ漕ぐ。何も考えず、とにかく漕ぐ。ろくに前も見ず、ひたすら漕ぐ。前を見たところでどうせ片玉メガネでは流れの変化なんて見えない。
川は激しく蛇行するが、このあたりまでくるともうエディも巻いていない。どこを通ってもたいして変わらないので、カーブではとにかくアウト・イン・アウト。次々あらわれるカーブの頂点を直線で結ぶように、最短距離を取る。大きなカーブで外回りをした五島艇をインから抜き、さらにひたすら漕ぐ。

バウは舟幅が狭くて漕ぎやすいので、どうしてもピッチがどんどん速くなる。スターンのNさんが、それにしっかり合わせてくれている。川岸の林が切れたところでは強い風が吹き付けるが、Nさんが左右の漕ぎ分けでうまくコントロールしている。
やがて五島艇が見えなくなった。2分程度の差はつけられたか。細岡まで、どのくらい引き離せるか。

【細岡~ゴール】
細岡でNさんからHさんにチェンジ。それまでなめらかだったスターンの漕ぎが、ギッコンバッタン揺れて傾く漕ぎになる。同乗者の漕ぎで辛さがこんなに違うものかと身にしみるが、それでは自分の漕ぎはスターンの人にとってどうなのか。恐ろしくてきけない。パワーないし、一定のピッチを保てないし。たぶん自分もスターンを疲れさせているのだろう。

がつがつと漕いでいると後ろから「そんなにがんばらなくてもいいですよ~」と声がかかる。Hさんも相当疲れているのか。

川岸の林がなくなり、吹きっさらしの釧路湿原に出る。風は常に吹いた状態。思ったより強くはないが、それでも舟が大きく流され、あおられる。そのたびにHさんががっつりラダーで抑える。パドルがガンネルに当たる「ガツンガツン!」という音がする。何だこの音は!?Nさんのときは聞こえなかった音だ。ラダーが入るたびにバウの私の漕ぎがずっしり重くなり、ほんとうに辛い。
疲れた。ゴールまでもたないかも。ちょっとがんばりすぎたなあ。

そのときふと、昔どこかで聞いた福島さんの言葉が頭をよぎる。
「人間って、普通は出せる力の30%しか出していないんだよね。
 残りの70%の力が出せるのは、ほんとうに訓練を積んだアスリートだけなんだよ」

むぉぉぉぉ!
俺が「疲れた、もうだめだ」と言っているのは、30%の力を使い果たしただけなんだ!
おらぁ「訓練を積んだアスリート」じゃないけれど、残り70%の力のうち、ほんの少しだけならまだ出せるはずだぁぁぁ!!!!
背筋が半分くらいぶち切れてもいいから、もう少し漕がせてくれい!

最後の力をふりしぼる私たちの横を、セバスチャン選手に交代した17番艇がほいさほいさと抜いてゆく・・・
うああああぁぁぁぁぁ・・・・

湿原の中、スタッフの仕事を終えたSさんが岸から呑気に釣りをしている。Sさんが何やらこっちに叫んでいるが、何と言っているのかわからない。叫び返す余裕もない。スターンのHさんは何やら怒鳴り返している。怒鳴るだけの力があるなら、漕ぎに回せよう!

ゴールだ! ゴールが見えた! Hさんの漕ぎが強くなる。ラストスパート!
着岸し、舟とパドルをスタッフに任せるとヘタりこんでしまう私であった。
がんばった。燃え尽きた。
今年はほんとうに燃え尽きた。余力ゼロ。
結果に悔いなし。

トップと約50分差の5位。4位の「南富良野ロケッツ」とは3分10秒差(シートの破損がなければ、もっと大差をつけられていたはずだが)。
3名中2名が運動不足と中年肥満に悩み、しかも本来のC乗りが1名しかいない我がチームにしては上出来の結果だと思う。
ただ、全身筋肉痛、マメだらけの手、まともに座れないほどの尻の痛みに苦しみつつ、「来年・・・来年は、もう・・・出たくない・・・」。

2007年05月01日

■釧路川100kmカヌーマラソン・私的記録(中編)
トウベツ合流から次の交代ポイントの釧路川橋まで、車で移動。

弟子屈町を出てから標茶町に入るまでには4本の橋がかかっている。以前は橋ごとにいちいち全て交代したこともあったが、それだとせわしなくていけない。特に2つ目の釧路川橋から3つ目の開発橋までは間隔が2kmほどしかなく、下手すると車より先に舟が着いてしまう。
それに、細かく交代して短時間の休憩をとったところで、それほど疲れが回復するわけでもない。それどころか、交代でロスする1分ほどの時間が惜しいくらいだ。

そこで今年は交代回数を減らして、持久力(忍耐力?)に勝負を賭けることにした。
前日の下見で、交代しやすい橋を選んでおいた。1つ目の南弟子屈橋は橋の前後がずーっとテトラ護岸されており、舟が着けにくい。3つ目の開発橋は、そのすぐ下流に瀬が立っており、左岸側は浅く、流心は右寄りになっている。左岸に舟を着けて交代すると、流心に戻りにくい。4つ目の瀬文平橋で交代すると、次の交代ポイントまで近すぎる。
ということで、距離的にも、乗り降りのしやすさでも釧路川橋がベストだ。

【釧路川橋~五十石】
釧路川橋に車を停め、川岸に出て舟の到着を待つ。相変わらず暖かく、待ち時間も快適だ。風もない。今年は他のチームも交代ポイントを減らしているのか、ここで交代するのは自分だけのようだ。他に人はいない。
最初に姿を現したのは7番艇(岩教大?)。次に福島さんチームが続く。大人1人+小学生2人のチームだが、順位を落とさず健闘している。それに続くのが最後発の19番艇「どんころHolic」だ。順位の上げっぷりがものすごい。

13位あたり?で3艇がダンゴ状態で我がチーム到着。スターンのHさんが降り、今までバウに乗っていたNさんがスターンに、私がバウに乗る。O&Nさんで出発だ。
ダンゴになっていた他の2艇は交代しなかったため少々先行したが、休憩後の回復パワーで差を詰め、抜き去る。

快調なペースで漕いでいると、舟がだんだん左岸に寄ってきた。左岸側には板チョコ状の護岸が水面直下にあり、きわめて浅い。「なんかあるぞー、右寄って右寄って」と指示を出すが、スターンのNさんからは生返事しか返ってこない。舟はそのまま左岸に向かう。
どうしたんだ!?
と思っているうちに、水面直下の護岸にガツン!
「あ、やべぇやべぇ」
舟は回され、横を向いたままほとんど水深のない護岸の上をひきずられるように流れる。
ガツン、ガツン!
やがてとうとう護岸にひっかかり、あっという間に沈!!!!

うっそー!

「あー、水が冷たくない」なんて間抜けなことを考えながら泳いでいる間に、さっき抜いたはずの2艇に抜き返されてしまった。くやしいぃぃぃ!

スターンのNさんは足元のロープに気を取られ、余所見をしていたらしい。すぐに水出しして最乗艇。抜いていった艇との距離から判断すると、1分程度のロスだ。だいじょぶだいじょぶ!
でも飲み物を流してしまったよ。

すぐに次の開発橋。
沈の間に抜いていった2艇は、ここで交代。その隙に再び抜き返すことができた。

このあたりから時おり向かい風が吹きつけるようになってきた。やっべぇなあ、風が出てくるのかなあ。風が吹くと舟が大きく横滑りする。川幅が広がり浅いところも多くなってきたので、へたに風に寄せられると身動きが取れなくなる。

標茶の町に入ったあたりで、右目のあたりに突然軽い衝撃を感じる。あれ?何だ?視界が急にぼやける。
右目に手をやって気がついた。なーーーーんと
メガネのレンズがなーい!!!!
ネジが緩んで外れたらしい。舟底のどこかに落ちているはずだが、探して直している余裕はない。焦点の合わないまま、漕ぎ続ける。
まいったなあ、水面の様子が全然わからないよ。

開運橋でNさん→Hさんチェンジ。
「目がよく見えないから、コース取りは任せたぞ」と叫ぶと、「ええ~、俺、苦手なんですよー」と頼りない返事。
それどころか「あれ、力が入らない」「今日はダメだ」と弱音を吐くHさん。どうした!?疲れたか?

標茶市街地を抜けると、ますます風が強くなった。風に逆らってスターンがラダーでこらえると、推進力はバウの私ひとりにかかってくる。重い。辛い。だんだん疲れてきた。

やがて福島艇に追いついた。バウにあゆちゃん、スターンにお父さんが乗っているが、実際はあゆちゃんはほとんど戦力外だ。お父さん一人で必死で風と戦っている。辛そうだ。
ようし、こっちは大の大人2人だ。抜いちまえ!と思ったが、これがなかなか抜けない。
風が吹きつけたときは福島艇のスピードがぐっと落ちるのだが、風が弱いときはじわじわと離される。福島さんの底力、恐るべし!

福島艇を抜けないまま、交代ポイントの五十石橋が見えてきた。
辛い。やばい。
腰が痛い。尻が痛い。
手袋の中の手はすでにマメだらけだ。
しかし!ここでへばってどうする。この先Hさんは地獄の直線4kmが待っているのだ。ここで交代できる私ががんばらねば!
漕ぐ!漕ぐ!漕ぐ!
風に逆らって漕ぐ!

福島艇とほぼ並んで五十石橋到着。交代だーーーー!
NさんHさん、辛いだろうががんばれーーーー!

注)2泊3日のお出かけをするので、完結編は5日にアップということになりそうです。

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